5.この数字は、昭和45(1970)年に取水を停止した玉川浄水場の施設能力(15万㎥)を含んでいる。6. この計画は、平常時は利根川の余剰水を極力取水することによって、多摩川系貯水池を温存し、これを利根川の渇水時あるいは夏期最大需要時に放流して給水を確保することを目的としたものである。この目的を達成するため、小河内貯水池に新しい取水設備を設置するとともに、多摩川橋付近(青梅市友田地先)に新たに取水堰ぜき(小作取水堰せき)と沈砂池を築造し、さらにここから山口貯水池まで導水路を新設することを計画した(『東京都第四次利根川系水道拡張・多摩水道施設拡充事業誌』)。7. 当時城北地区工業用水道事業は水源を利根川河口堰ぜき開発水にだけ依存しており、昭和47(1972)年の利根川水系での渇水により全量取水削減を受け、多摩川系貯水池からの補給により補ったものの、30%の給水制限を行うこととなった。こうした状況の中で、上水道における平常時の水源増加、工業用水道における多摩川下流での安定した水源の確保などを目的に、昭和45(1970)年に停止していた玉川浄水場の取水を再開し、その浄水を城北地区工業用水道に送水するとともに、城北地区工業用水道の利根川河口堰ぜき開発水をその分上水道に振り向けることを計画した。具体的な事業内容は、玉川浄水場施設の一部改造、送水管の一部及び上水道のための代替配水管の新設等であり、費用縮減と早期通水を目的に、玉川浄水場から三園浄水場への送水ルートは、既設の水道管路を出来るだけ転用することとした。なお、この水源転換は緊急暫定措置として、等量の水源振替として行われたが、昭和58(1983)年には、恒久的な水源転換として、工業用水道事業が持つ利根川河口堰ぜき開発水3.38㎥/秒を水道事業に振り替え、水道事業が持つ玉川浄水場の水利権のうち0.59㎥/秒を工業用水道事業に振り替えを行った(『東京都第四次利根川系水道拡張・多摩水道施設拡充事業誌』)。22第一章 東京水道100年の概観 本事業では、この給水量を確保するため、金町浄水場(46万㎥/日)及び境浄水場の施設能力拡張(44万㎥/日)並びに三園浄水場の新設(30万㎥/日)を計画した。その後、昭和47(1972)年に事業計画を変更し、境浄水場の拡張計画を中止して東村山浄水場の拡張(30万㎥/日)を追加するとともに、第二次利根川系水道拡張事業で計画変更となった小作浄水場第二期工事(14万㎥/日)をこの事業に含めた。 金町浄水場の拡張は昭和48(1973)年5月に完成し、昭和49(1974)年11月には東村山浄水場の拡張、昭和50(1975)年6月には三園浄水場の新設、昭和51(1976)年6月には小作浄水場の拡張工事が次々と完了した。この時点で、東京の水道施設規模は日量623万㎥5となり、戦前の施設規模と比較して、約6倍の給水能力を有するまでに発展した。(4)第四次利根川系水道拡張事業及び第四次利根川系水道拡張緊急対策事業 昭和47(1972)年に実施した需要予測では、昭和55(1980)年度における水道需要は日量834万㎥となり、第三次利根川系水道拡張事業が完了しても、施設能力は日量約220万㎥不足することが予測された。そのため、昭和47(1972)年度から昭和55(1980)年度までを計画期間とする第四次利根川系水道拡張事業を実施することとし、昭和47(1972)年3月に事業認可を受けて開始された。 本事業では、三郷浄水場の新設(220万㎥/日)、水元・練馬・江東給水所、新鹿浜増圧ポンプ所の建設、北部幹線、三郷線、東南幹線といった送配水管網の整備などを行うこととした。なお、次節で記載するように、高度経済成長から安定成長へと移行するに伴い水道需要の伸びも落ち着き始めたことから、本事業の執行年度の繰り延べ等を実施した。 一方、第四次利根川系水道拡張事業を開始した時点で、都が確保している水源量は水道需要量に対して大幅に不足しており、多摩川系貯水池等の既得水源の有効利用あるいは利根川水系の余剰水に頼らざるを得なかった。 その後、後述する玉川浄水場の運転停止や利根川水系の大渇水により水源の不足が更に深刻化したことから、当面の水源不足を補うための緊急対策事業として、昭和48(1973)年11月に国の事業認可を受け、第四次利根川系水道拡張緊急対策事業を開始した。 この事業では、利根川と多摩川の有機的連絡施設(小河内ダム新取水施設、小作取水堰せき等)の建設6や、城北地区工業用水道水源の緊急暫定転換7などを実施した。第4項 多摩地区水道の都営一元化1 多摩地区の急激な都市化 東京の人口急増に伴い、多摩地区にも多くの人口が流入し、急激に都市化が進んでいた。具体的な数値で見ると、昭和35(1960)年の多摩地区人口133万5,094人に対して、昭和40(1965)年は199万558人と、5年間で約45%も増加している。 こうした人口増加と都市化により、区部との比較で多摩地区市町村の行政サービス面の立遅れが目立つようになった。それらは、いわゆる三多摩格差として顕在化していたが、水道事業もその一つであった。 また、水道事業は原則として市町村が経営するものであり、経営環境や給水実態が市町村により異なるこ
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